











FREAK’S STOREは今回、15周年を迎える都市型フェス「SYNCHRONICITY」の理念に賛同し、「SYNCHRONICITY2020 ONLINE FESTIVAL」とのコラボキャンペーンを実施しました。 緊急事態宣言が明けた現在も、観客を入れた開催には多くの対策が求められ、かつてのようなチケット・セールスを主とした興行を成立させる事は困難となっています。音楽コンサート業界では様々な試行錯誤が行われ、少しずつではありますが再開に向けた動きが始まっています。
4月に渋谷のライブハウス9会場で2日間に渡り開催を予定していたSYNCHRONICITYは、開催を目前にコロナショックにより中止を余儀なくされました。その後の緊急事態宣言という未曾有の事態の中、無観客オンラインフェスの開催発表と開催実現に向けたクラウドファンディングを開始し、7月4日に開催を迎えました。
渋谷O-EASTと新宿MARZの2会場を使用した1Day、そして無観客でのオンライン開催。加えて、無料でYouTube上で観覧が可能となり、YouTubeスーパーチャットやPayPal、公式オンラインショップによるドネーションでアーティスト出演料などの開催費用を募るという、そのどれもが初の試みとなりました。
このSYNCHRONICITYは、「未来へつなぐ出会いと感動 – CREATION FOR THE FUTURE – 」をテーマに掲げ、グリーン電力で開催を行う都市型ミュージック&カルチャーフェスティバルとして開催を重ねてきました。コロナ禍によりライブハウスの廃業や営業自粛が続く中、ライブハウスの営業機会やスタッフの雇用を生み、音楽ライブを楽しむことを停止されたオーディエンスにライブを届けるという今回のオンライン開催。
これらのサスティナブルな取り組みに賛同し、SYNCHRONICITYとのコラボ企画としてFREAK’S STOREではインスタグラムアカウント(@daytona_international)にてプレゼント・キャンペーンを実施しました。
渋谷、新宿とリアルであれば成立し得ない2会場を、YouTube上に用意した2つのチャンネルを行き来する事で、フェスならではのステージを選択する楽しみを実現しています。
フェスのオープニングを飾った「渋さ知らズオーケストラ」のステージが始まる瞬間、大きく画面に映し出されたフェスティバル・ロゴは、失われていた音楽フェスの帰還を告げる美しく感動的な本フェスのハイライトの一つでした。 キャパシティ1300人というO-EASTのフロア全体を使った彼等の大編成ライブは、無観客ライブだからこそ可能な醍醐味を与え、ライブ配信になりオーディエンスの歓声を失う代わりに、チャット上で他の観客の感想を言葉として共有する事は、新たなフェスの連帯感さえ生み出します。また、リアルでは自身の目という一つの視点からしか観られない体験を、複数のカメラの映像をスイッチングして視点を切り替えて観せた事は、オンライン開催としての強度を高めた重要な要素として挙げられるでしょう。
今後、フェスやライブがオンライン配信やキャパシティを削った条件付きの開催を求められていく中で、歓声を含め、熱気の共有を喪失してしまう事は大きな課題となっています。リアルのライブが持つ熱気であったり、ライブハウスの大音量やそれによる振動、そこでの出会いなどはオンラインで得難い事は明白です。その喪失をそのまま埋めようとしても、物足りなさを浮き彫りにしてしまうだけかもしれません。しかし、再現不能だからと言って、ライブ配信がリアルなライブに必ずしも劣るのでしょうか。
SYNCHRONICITYでの画面越しである事を前提とした演出は、オンラインだからこそ実現可能なライブやフェスの楽しみ方を示してくれました。リアルタイムでのライブ配信と、収録映像の配信を織り交ぜたラインナップもその要素の一つと言えます。収録を織り交ぜる事で、ステージ転換が不要となり、転換時間0分でステージ進行をする事さえ可能となります。転換がなければそれだけ多くのライブをタイムテーブル上に落とし込むこともでき、ステージ間移動や体力の消耗がない為、2ステージであれば全てのライブを観ることも可能です。 なかなかリアルなフェスだと見落としがちなトークセッションも、今回のオンライン開催ではじっくりと聴き入った方も多いでしょう。奇しくも、コロナ禍によって主催者の開催に向けた想いや言葉は響きを増し、音楽業界の現在や今後に注視する目も強まっています。この事は、物理的には広がってしまったはずの主催者やアーティスト、オーディエンスの距離を縮める結果にもなったかもしれません。
これまで当たり前に開催・出演・参加をしていた音楽フェスやイベントが直面した危機的状況は、それぞれの立場を自分ごととして考え始める大きなきっかけになったはずです。カルチャーやシーンの革新は、そんな時に起こるのかもしれませんし、かつてを越える音楽の楽しさや喜びさえ、もたらしてくれるかもしれません。
Text_Kazuhiro Yagihashi
THE NOVEMBERSが、通算8枚目となるニューアルバム『At The Beginning』を5月にリリースを果たした。前作『ANGEL』より、約1年。今作では、メンバーが尊敬の意を捧げるyukihiro(L’Arc-en-Ciel/ACID ANDROID)がシーケンスサウンドデザイン・マニュピレーターとして全面的に制作に参加。よって彼らのサウンドはさらにアップデートされ、新たなスケール感を描き我々の元にやってきた。変化を遂げた我々の生活やマインドにどう響いていくのか。新しい未来へ向け、このアルバムが我々の背中を押してくれることは間違いない。
—今作をどのような内容にしていこうと思い、制作をスタートされましたか?
小林祐介 昨年、『ANGELS』というアルバムを出したんですけど、アルバムを出した後に、『ANGELS』の世界感を拡張したライヴを11月11日にやったんですね。そのときに、自分たちが試したことがいろいろとあって、その要素を次の作品に持ち込みたいなというシンプルな流れがあったんです。ライヴでは、『AKIRA』の「金田のテーマ」をカバーしてみたり、自分たちの曲とマッシュアップしたりしたんですけど、そこで得たライヴでの、フィジカルなお客さんと自分たちとのコミュニケーションや、グルーヴみたいなものがすごく良かったんです。それをきちんと作品に反映させて、より身体が乗れるといったら雑な言い方になってしまうかもしれないんですけど、自分たちがこれまでに試したことのないようなプリミティヴな、肉体的なリズムみたいなものをしっかり形に残していきたいと。それを形にしようということで制作を、昨年の12月にスタートさせたんです。
―リズムとは、どのようなタイプのものだったのでしょうか?
小林 自分たちがそれまでやってきたリズムパターンなどのスタイルは、パターン化していたなと思えるようになってきて、『AKIRA』の「金田のテーマ」で実践したリズムというのが、いわゆる4つ打ちだったんですけど、それを機能的にどっかんどっかん鳴るということを実体験してみて、それが思いのほか楽しかった。少なくともあのライブ体験は僕にとっては初めてのことだったし、新鮮な驚きや喜びがあったので、知的好奇心的にチェレンジしてみようと。
―今回、yukihiro(L’Arc-en-Ciel/ACID ANDROID)をシーケンスサウンドデザイン・マニュピレーターとして迎えましたが、実際に一緒に制作されてみていかがでしたか?
小林 僕は元からL’Arc-en-Cielのファンなので、いつかyukihiroさんとコラボがしてみたいなという希望はあったんですが、制作当初から依頼しようと思っていたわけではないんです。今作でそれをやろうと思ったのは、制作期間が折り返し地点くらいのタイミングでした。曲がだいたい揃ってきて、でも日々サウンドのアイデアが変わっていくような状況だった中、そのまま進めば前作の『ANGELS』をより拡張した形にはなるんですけど、良くも悪くもパート2になってしまうのではという感じがしたんです。そこで、yukihiroさんが自分たちの作品に力を貸してくれる可能性があることを聞きまして。自分たちの中では願ってもいないチャンスだったし、何よりチャレンジしてみたいという願いもあったのでご依頼しました。
―今作に関しては、もう1人の強力なメンバーというか。
小林 yukihiroさんは、インダストリアルロックだったり、テクノだったり、ニューウェイヴだったりにとても造詣が深いんです。それらの音楽のスタイルをきちんとアナライズして、出力して、吟味して、検証して、練り上げていくというプロセスを丁寧に、慎重に踏む方なんですけど、僕はまだまだ本歌を理解できていないことに気づきましたね。yukihiroさんは、その当時の本物を聴いて育った世代の人だし、何よりも彼の知識量だったり、彼のスタジオにある本物の機材の存在を僕は知っていたので、一緒に制作したら自分たちでは絶対に辿りつけない作品を作ることができるのではないかと思いました。そんな信頼感があったので、思いきり委ねることができました。
―実際にこれまでの自分たちの音は、どのように変化したと思いますか?
小林 良くなりました。いつもと違う手間暇をかけて作ったことで、僕たちの心持ちや、音に向き合う姿勢が変わってくる。今僕らがやっていることは、いいことなんだという空気を大切にして作品を完成させたし、そのプロセスを信じきって行き着いたという。精神的にも正しいことをした感じがあるんですよ。一緒に作った音楽だと思えたことが、何よりもすごく嬉しいんです。幸せでしたね。いいものができて良かった。
―制作過程で、思い出深いエピソードはありますか?
小林 自分が曲を作るときのプログラミングだとか、いわゆる制作全般の手の動かし方だとか、すごく雑だったとことを思い知りました(笑)。yukihiroさんに素材を渡して、yukihiroさんの家にあるシンセサイザーで音を出力して、それを録音していくという順番なんですけど、ちょっとした些細なことを本当に極限まで1ミリの狂いもなく、一音一音やっていく。yukihiroさんの音への向き合い方が、自分とはまったく姿勢が違うと。僕は手早くぱっぱと効率よく、省エネ化できれば楽だなと思っていたんですけど、yukihiroさんは音にとにかく向き合って、正しいことをすることを大事にしている。それを見て背筋が伸びたというか、神聖なものに触っているというか。なので、音に向かう姿勢を学びましたね。
―アルバムタイトルですが、実は最初は『At The Beginning』ではなく、『消失点」だったとお聞きしました。なぜ、このタイトルになったのですか?
小林 最初は『消失点』は仮のタイトルで、ツアータイトルだったんですけど、yukihiroさんに携わってもらってから、自分の中で日々更新されていく時期が続いて、作品作りが後半になった3月半ばくらいに、なんかタイトル名が違う気がすると感じ始めたんです。もともと今回1曲目に入っている「Rainbow」を1番最後に持ってきて、「このアルバムはポジティヴなものです、ここから始まります」と僕らが宣言した上で何かを感じてもらえたらいいなと思っていたんですけど、世の中の状況が変わったり、自分たちの音楽がアップデートされていった中で、「いや、もうとっくに始まっている」ということを前提に作品を練り直したいという感じになったんです。収録曲に関しては変わらないんですが、歌詞が少し変わったり、楽曲のアレンジやサウンドデザイン、それと曲順だったり。自分の中でつじつまが合う形を唯一見つけられたのがこの形で、『At The Beginning』というタイトルをつけたことで、腑に落ちた感じです。
―この数カ月、世間の状況も刻々と変化していた時期だったと思います。この時期にアルバムをリリースすることに関してどう思いますか?
小林 みんなが大変な時期なので、作品に対する自信はあっても大手を振って自分たちの作品を「お店に行って買ってください」とは言えない。今までお小遣いをもらえていたような子たちが、もしかしたらもらえていないかもしれないし、お店に行くリスクや、CDを買うという行為が、彼らの時間とお金を頂戴するということにも繋がるので、そこに対して責任をいつも以上に感じます。だけど、このアルバムに少しでも価値を感じたら、立ち寄ってみようという感覚で聴いて欲しいとは思いました。
―メンバーの方たちとは自粛期間中、どんな話をされましたか?
小林 ミーティングをしながら雑談をしたり、みんな大変だから耐えなくちゃいけないときだなとか、大雑把な言い方になってしまいますが、そんな話をしていました。今、このバランスで無理やり体を捻じ曲げてでもどうにかしようとすることが、関係性や信頼性など、いろいろなことの調和を乱し兼ねない。それは、多くの人たちが痛感していることだと思うんですよ。今は、自分たちだけがどうにかなればいい、というマインドを捨てることから始めないといけなくて。1人勝ちをすることは長期的に見たら、信頼や信用を落としていくだけだろうと思うんです。だからまずは社会の一員として、みんなで良くなっていくにはどうしていけばいいんだろうっていう、建前的なことを再定義したり、大切にするタイミングなのではと。大切なことは「私の幸福」と、「私たちの幸福」の間を行き来することだと思うんですよ。で、その「私”たち”」というのは、誰のことを言うのか再定義の時期だったと思うんですね。
―「私たち」ですか。
小林 「私たち」というのは、理想論で言えばなるべく大きい方がいいわけなんです。例えばこの植物はそれぞれ違うけど、葉っぱというところで見ると一緒っていう。そのイコールの概念を、せっかく人間に生まれてきたんだから全体主義とは別のやり方で、「私たち」「仲間である」、といった建前みたいなことを、言葉の外側、いわゆる社会システムの外側で、もう一度みんなが暗黙のうちに見直さないといけない。道徳観を見つめ直すということですね。今の差別問題とかもまさにそうだと思うんですけど、これまでの歴史は百も承知で、憎悪が個人対個人なのかと言えば、そうではなくて、そうならざるを得なかった社会構造をきちんと受け止めて反省しなくてはならない。だから、「世の中全てやり直し、右も左もやり直し」って、村八分のチャー坊の言葉があるんですけど、本当にそうだなって。やり直し。
―新型コロナウィルス自粛期間を過ごしてみて、何か自身に変化はありましたか?
小林 家にいなくてはいけない時間が多かったので、人との関わり方を思い返したり、何よりも勉強を改めてするいい機会になったので、いろいろ本を読んだり、考えごとをすることが多くなりました。
―本はどんな本を読んでいたんですか?
小林 もともと読んでいた本をより深く追っていく感じだったんですけど、例えば老子とか、荘子とかの東洋思想だったり。あとはマイケル・サンデルの「これからの『正義』の話をしよう」を読み返してみたり、現代音楽家の武満徹さんの対話集を追いかけてみたり、マルセル・デュシャンなどのシュルレアリストの対話集を改めて読み返してみたりだとか。あとは短歌とか、詩だとか。自分の作詞に活かすことができそうな知識や、社会活動をしていくに当たって前提となるような歴史観などを勉強しながら、でもこれを本当という人と、そうじゃない人がいるから、どうしようとか。知れば知るほど、簡単に言えることが少なくなっていく現実はなんなんだろうとか考えたり。
―東洋思想にも興味があるのでようですね。
小林 「一は全、全は一」的な話で、「私とそれ以外」が世界にはあるとして、それらは互いに転換可能と考えて、自分と世界を行き来することができる、柔らかい人間になるということなんですけど。稲穂や牛を見て“あれは未来の私の一部”と考えたり、近所に生えてる植物を見て“過去の自分の一部”と考えたりする。マクロな視点で見たら、それが紛れもない事実でも、普段はそんなこと考えないですよね?僕らは社会現実を生きているから。別の話をすると、例えば僕が、綺麗に消毒をした自分の手に唾を吐いて、それを自分の口の中に戻すことができるかというと、なんだか嫌だなと思ってしまうんです。さっきまで自分の口の中に何の抵抗もなくあったのにも関わらず、です。なぜ手のひらの唾を汚いと思うのか。それって論理ではなく、僕の感情や気分、社会の慣例や慣習からくる設定なんですよね。だから僕らが生きている現実は、ありのままの現実ではなくて、社会現実。社会が決めた概念という現実の中で生きているから、どんな論理で説明されたとしても無理なことがある。なので「一は全」と言うと、他者を受け入れたり、自分の外にあるものをどう捉えるかという話にもなってくるんです。違う概念で生きているということは、そういうことなんで。何にせよ、再定義のタイミングです。
―最後にメッセージをいただけますでしょうか。
小林 お互い、1日1日良い時間を過ごして、またいつか、いい未来で、いい顔で会いましょう。
THE NOVEMBERS『At The Beginning』
MERZ/リリース中
Text_Kana Yoshioka
三船雅也 (vo/g)、中原鉄也 (dr) による東京を拠点に活動している2人組フォーク・ロック・バンド。2014年に1st AL『ロットバルトバロンの氷河期』をフィラデルフィアにて制作、以降カナダ・モントリオールや英・ロンドンにてアルバムを制作。2019年11月に4th AL『けものたちの名前』を発表し、< Music Magazine >ROCK部門第3位を始め多くの音楽メディアにて賞賛を得た。
またサマソニ、フジロックなど大型フェスにも出演。活動は日本国内のみならず US・ASIA にも及ぶ一方、独創的な活動内容と圧倒的なライブパフォーマンス、フォーク・ロックをルーツとした音楽性で世代を超え多くの音楽ファンを魅了している。2018年よりロットバルトバロン・コミュニティ”PALACE”を立ち上げ共にプラネタリウムでライブを開催するなど、独自のバンドマネージメントを展開。また2度目のノミネートに加え ASIAN KUNG-FU GENERATION 後藤正文主宰”APPLE VINEGAR MUSIC AWARD 2020″ にて大賞を受賞。
7月26日(金)〜7月28日(日)の期間で開催されたFUJI ROCK FESTIVAL’19
会場となる新潟県・苗場スキー場は例年以上に気候の変動が激しく、レインポンチョやシェル等のウェアを自分なりに着こなす姿が多く見受けられました。会場内でのイベントスペースも運営していた、KiUのアイテムを身につけた来場者も特に多く、自然を敬うことを信条とするFUJI ROCKらしく目まぐるしく変わる自然との共存を体現していました。
「COW FREAKS」をテーマとした、今季のFREAK’S STOREによる別注商品の柄は、アウトドアシーンに映えるキャッチーな牛柄のデザインがポイントとなっている。レインポンチョ、ボディバッグ、サコッシュ、ハットがつくられ、大好評を博した。
また、今後も様々なブランドとのコラボレーションを予定しているKiUとは、来季もフリークス ストアとの別注商品などの取り組みを予定しています。お互いの強みを活かした”フリーク”な商品にもぜひ注目を。